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寿司はえんがわ。~Engawa R0tMG ブログ~ 別館

かったるい内容は別館でやることにしました

いいものはちゃんといいものと認めていこうと思った

はてなブログは、「はてな村」なんて称されたりもしてますけど、同好会や同人の集まりのような良さがあると思います。横のつながりが出来やすくて、そのつながりはある意味仲間でもありライバルでもあるというか。

「このひとがこんないい記事を書いている」というのがあって、それがブクマの数という形で示されたなら、どんどんみんなの目にもつきやすくなるようにもなっています。

 ※ところで、ブクマとスターの機能の棲み分けはまだ十全なものではないと思えますね。現状スターは足跡としての機能が主だし、私もそうでしたがどんなにいい記事だと思ってもその機能上ブクマを付けるわけではないという方もいるでしょう。ブクマは本来あくまで記事のブックマークでしかないのであって(あとで読むためだったりとか、備忘録だったりとか)、本来はスターこそが記事の評価を担うべきなんでしょうが、スターがいくらついても「よりみんなに見てもらえる」というようにはならないし、一方でブクマがその機能を持ってしまっているから、そっちが「記事の評価」という部分にまで大きく食い込んでしまっている。

 

記事を公開しているブロガーならみんな自分の書いたものを読んでほしいと思ってるはずだし、そのうちのたいていのひとはいいものがあるなら読んでみたいとも思っている。みんなその気持ちを持っているはずということが相手に対してもわかるから、きてくれたひとがそのひともブログを書いてるなら、「見にいってみようかな」と思うひとが多いです。

そうやって、同人のようなある意味「持ちつ持たれつ」の関係が出来やすくなっていますね。そういう関係は「馴れ合い」とも呼ばれたりして、こないだのブクマの付け合いのことなんかもありましたけど、非難されたりもするようです。馴れ合いの強制(「こっちが読んでやってるんだからお前もこっちを読めよ」みたいな)にもなりやすくなるでしょうしね。

そんなふうに、「馴れ合いなんてキモチわるい」「馴れ合いなんてかっこわるい」「自分のとこにきて欲しいがためにひとのとこを見に行くなんていやらしい」などなどというように思えるその側面を否定するつもりはありませんが、しかし、まずはそこからでないとなにもはじまらないところもあると思うのです。

どんなにいい記事を書いていようとも、まず誰かに読んでもらわないことには、そのよさを伝えることはできません(あたりまえだ)。では、そのいい記事の存在を、「馴れ合い」なしにまわりのひとはどうやって知ればいいのでしょう。

本当にいい記事ならいつか誰かが見つけて勝手に広まっていく? 私ならそんな気の長いことをしたいとは思いません。というより、そんな気の長いことでいいのなら、はてなブログで書く意味がないとも言えるんじゃないでしょうか。Bloggerなら無料で広告もなく、自分のアドセンスも貼れますし。

「いい記事」なんて言うとずいぶんハードルが上がってしまいますが、べつに取り立てていい記事でなくともこれは好きなブログと思うことはいくらでもあるでしょうし、「馴れ合い」を拒絶していたらそういう「お互いにとっての利益」の機会が潰えてしまうように思います。

 

私はこれまでブクマは、「私が知らなかった内容で、のちのちにも役に立ちそうな記事」にしか付けてこなかったのですが、「おもしろい」「これはいい記事だ」「みんな見たほうがいい」と思った記事についてはどんどんブクマを付けていくことにしようと思いました。

しかしそもそも、いまの機能なんだったら”はてな「ブックマーク」”という名前がよくないですよね。ブックマークは単なるしおりです。その本来あるべき機能と、「よりみんなに見てもらえるようになる」というブロガーにとっての最高のごほうびとがいっしょになってしまっているから、なんだかややこしいことになる。

 

とにかく、これから私はいいと思ったものにはどんどんブクマを付けていきます。

いいものをちゃんといいものと認めていくことは、誰かの命をつなぎ止めることだってあるはずだから。