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寿司はえんがわ。~Engawa R0tMG ブログ~ 別館

かったるい内容は別館でやることにしました

たまたま出くわした増田記事に全力でドロップキックしてみる

私は増田における見下したような物言いでの批判というのがとても嫌いなので、そういうものを自分から読みにいくことはないのですが、ときどき他のブロガーさんの記事の中で言及されていたりして目にすることがあります。

そういうのをちゃんと読んでみても、たいていはなんかモヤモヤしたものが残るだけで納得とはほど遠いことが多い。にもかかわらず、自分が正しいということに一部の疑いも持っていないような論調でもって書かれています。

そこで、例の如くモヤモヤさせられる今回たまたま目にしたこの増田記事にたいして、一度真っ向から反論してみたいと思います。なお、増田記事のほとんど全文をこの記事中に引用しています。

選手席であろうがなかろうがバカはバカだし無責任は無責任

 

「選手席、観客席」という例えを引き合いに出してきているのは、ほぼ間違いなくまつたけさんのこちらの記事を受けてのことでしょう。

自分は観客だと思っている人たち - まつたけのブログ

 

 

増田の記事の冒頭にはこうあります。

実名匿名論争の時からずっと言われていたことなので簡潔に。

 

実名であるかどうかは

その人の話が正しいか、信用に値するかどうかとは何の関係もない。

それを「選手席、観客席」という言葉に置き換えても同じである。

中身を批判されたときに、

「俺は選手席、お前は観客席。だから俺が正しい」

という論理を主張をする人間は、

選手席にいようがいまいが例外なくバカ(論理的におかしい)だし信用に値しない。

以上。

 

いたってその通りだと思います。というか、なぜこの話をいきなり持ち出してきたのかが不可解なのですが。

まるで誰かが「どんな内容であろうと匿名での批判にはまったく価値がない」と言っていたのを受けてこれを書いたかのようですが、誰がそんなことを言ったのでしょう。まつたけさんの記事を読んでも私にはそんな意図は読み取れなかったのですがね。

問題としているのは、観客席という立場のつもりでいるとむやみに人を傷つける罵詈雑言の類いが出やすいということであって、ポイントは「むやみに人を傷つける罵詈雑言の類い」のところのはずです。観客席(匿名)の主張にはすべてなんの価値もないみたいなことなんて誰も言ってないはずですが。

 

 

続けてこうあります。

こういうと実名であったり、自称選手席の人たちは

「でも匿名のやつは反論食らわないから無責任じゃないか。

 無責任だからあほなことを書いてしまうようになるんだ。

 おれはちゃんと名前つきで意見を言ってるのだから責任だけはある。

 だからどんどんまともなことをいえるようになるんだ」

という主張を返す。

一見正しいように聞こえるが、論外である。

私は「一面では正しい」「部分的に正しい」意見というのは

全面的に間違っている意見よりはるかに有害だと思っているので、

こういう「一理はあるが一理だけしかない」意見が大嫌いである。

そもそも「俺は選手席、お前は観客席。だから俺が正しい」

のようなロジックを使って

主張の内容ではなく選手席か観客席かだけを問題にして

自分の主張の内容には何一つ反省をしないような人は

実名だろうがIDつきだろうがまったく成長しないだろう。

 

誰かが「どんな内容であろうと匿名での批判にはまったく価値がない」と言っていることが前提なので、こうなるのでしょう。というより、いつのまにか実名(自称選手席)の人はだいたいみんなそう言ってるかのようなことになっている。

 

ちなみにこれとは別のこととして、匿名で責任を負わない主張というのは私は嫌いです。

確かに、主張が正しいか正しくないかということと、実名であるか匿名であるかということとはまったく関係はありません。でも私がそれを嫌いなのは、どうせなら自分の発言には責任を持とうぜと思うからです。多くの他者から「おかしい」と非難されるような意見であっても知らぬ存ぜぬで通せるという立場を取ることに対して卑怯さを感じるし、責任を持たない結果、「むやみに人を傷つける罵詈雑言の類い」を気安くぶつける人が多くなることもあります。要は、潔くないのがただ純粋に嫌いなんです。そして、このことは、実名だから正しい匿名だから正しくないとかとはまったく別のことです。

 

 

大事なのは、ちゃんとレベルアップのサイクルが回っているかどうかである。

実名のほうが、選手席のほうが、そのサイクルを強制されやすいだけであって

そこがうまく機能していないならば、意図的に拒否してしまうようならば、

実名か匿名かはまったく関係ないのではないか。

 

匿名でも成長する人もいるし、実名でも成長しないやつは成長しない。

 

ここもまた、「どんな内容であろうと匿名での批判にはまったく価値がない」としていること前提の話ですね。

 

 

そもそも、実名匿名ならまだしも一定の意味はあるが

選手席観客席って区分けは言葉遊び以外の何者でもない。

自分の脳内で設定しただけで、

相手の同意を得たわけでもないゲームやルールを勝手にうちたてて

他人が参加してくれないからといって切れてどうするのか。

「俺ルール」自体は批判されるようなことではないが、

それを他人に強制するようになったらただのバカである。

他人を選手だ傍観者だと分類して自分を仮想的に持ち上げても何の意味もない。

まず自分の発言が人としてバカじゃないかどうかを考えるほうがよほど生産的だ。

 

この部分からは妙なズレている感を感じます。

「設定した」というのは何を設定したのか。「参加してくれないからといって切れている」というのは、何に参加してくれなくて切れているのか。

「設定した」としているのは、素直に読むなら「選手席観客席って区分け」のことでしょう。そしてその文を同じように素直に読むなら、「選手席観客席って区分け」に対して参加してくれなくて切れているかのように読めます。

「いまある現象を何かに例えること」と「ゲームやルールを勝手にうちたてて参加してくれないといって切れること」が、なぜいっしょにされているのか?

「切れる」ようなことがもしあるとしたら、「誹謗中傷なんかやめようよ」という提言に参加してくれないことの部分のはずです。そのあたりが何だかいっしょくたにされていることに、妙なズレを感じるんですよね。

 

そのことは置いておいたとして、「誹謗中傷なんかやめようよ」と言っている部分への非難と見るならば、これでいくとあらゆる意見、あらゆる提言を、誰も何も言えないことになりますね。意見というのは、往々にして「相手の同意を得たわけでもないゲームやルールを勝手にうちたてる」もののわけですから。「ゲームやルールを勝手にうちたてて、参加してくれないからといって切れてどうするのか」で片付けてしまわれたら、新しいことなんて誰も何も言えやしない。

そもそも、強制と提言の区別を付けようとしない、なんでも強制として切って捨ててしまおうとする態度が、より良い何かを生んでいくとは考えにくいと思います。「自分の発言が人としてバカじゃないかどうかを考えるほうがよほど生産的」というのは、そっくりそのままお返ししたいですね。

  

 

最後の部分です。

さらに言えば、これも私の「俺ルール」なので他人に強制するつもりはないが

私は、ブログやってるかどうか程度の低い低い低いハードルで

「選手」とか「観客席」が切り分けられるわけがないと思っている。

私にとってはネットやネット言論において選手っていえるのは、

ネットでの成功や評価に己の生活や実存をかけてるような人である。

普通ネットでは最低限の防衛知識さえあれば、

失敗してもバカなふるまいをしてもいきなり生活が破綻したりしないし発狂もしない。

そこに生活かけてないやつは程度の差こそあれ、

みな大きなリスクをとっていないという意味では遊びでしかない。

だれもかれもが、たいして責任意識なんてない。

みんな好き勝手に自分が好きなことを言っているだけだ。

だがこれは悪いことだけではなく、だからこそ

ネットの議論は自由で楽しいものになりうる、という側面もある。

ほとんどの人は実生活で「選手」としてがんばってる。

そういう人たちが時々遊びで思ったことを気負わずに発言できる場って大事やん?

 

まさに「この人にとって」の話だと思います。私もべつにこの文章を書くことに生活がかかっているわけではないし、そういう意味では「遊び」かもしれませんが、書いている内容にはしっかりと魂を込めて、責任意識を持って、やっています。「遊び」と「いい加減にやってる」とは同義ではない。だれもかれもがたいして責任意識なんてないなんていう決めつけを勝手にされても、と思いますね。(自分が責任意識のない人だからこうやって増田で書くのかもしれませんが)

 そして、みんな好き勝手に自分が好きなことを言っているだけとありますが、その好き勝手に自分が好きなことを言う際に、道徳観というような基準が人によって違うことが問題になる。

 実生活で「選手」としてがんばってようがなにしてようが、明らかに人が傷つくとわかるであろう言葉の投げつけを、なぜネット上であればやっていいと思うのか。私にはそれが不思議でしょうがない。

 

 

 まあ何を言ったところでお互いムダなんでしょうが、たまたま目に入っただけとは言え納得のいかないことを言われっぱなしは癪だったので、今回はがっつり反論させてもらいました。おそらくネット上なら人を傷つける発言をしてもいいと思っている人らしいので、当然傷つけられてもいいと思っているはずなのでこちらも批判においてそれほどの気遣いはしていません。

 

てゆうか、わざわざ増田で個人への批判記事を書く人ってなんなんですかね? この人ももともとちゃんと自分のブログを持ってるようですが。

言っていることの正しさには実名であろうが匿名であろうが差はないということに異論はありませんが、ならばわざわざ匿名の立場をとりたがるのはなんなんでしょう。

言っていることに自信がないから? ヘタレだから? 匿名でないと悪口が言えない? そういうふうに考えてしまうのですが、それってかっこわるいよなあと私なんかは思うのですけどね。匿名だからこそ言える本心というのはあるのかもしれませんが、そんな本心はそもそも言わなくていいものなんじゃないですかね。

 

 

ちなみにこの増田記事は、こちらで言及されていたものです。

はてなの悪魔が来たりて笛を吹く - あざなえるなわのごとし

 血と汗のファイトを見せたいと思いましてね。